西脇充子への北斗晶の手紙の内容とは?画像(若い頃)も!

3月27日放送の「結婚したら人生劇変!○○の妻」に

元大関魁皇の嫁西脇充子さんが登場!

 

 

西脇充子さんって実は元プロレスラーで

あの北斗晶さんと同期で仲も良いようです

 

 

今回は西脇充子さんの若い頃の画像や

北斗晶さんが送った手紙の内容について調べてみました

 

 

西脇充子の若い頃の画像

 

こちらが西脇充子さんの若い頃の画像です

 

 

西脇充子の若い頃の画像

 

 

顔自体は現在と比べてかなり面影が残っていますね

お綺麗な年の取り方をされています

 

 

相撲部屋のおかみとして表舞台に立つことも

多いでしょうからね~

 

 

西脇充子と北斗晶の関係

 

西脇充子さんと北斗晶さんはどちらも

1985年デビューの同期

 

 

西脇充子さんは1990年に引退

その後はタレント活動をしていたようです

 

 

二人は30年以上の付き合いだそうで、

実は2017年の1月に同番組で西脇充子さんが

登場した際も北斗晶さんが登場し、

西脇充子さんにエールの手紙を送ったようです

 

 

西脇充子に送った北斗晶の手紙の内容とは?

 

西脇充子さんが北斗晶さんに送った

手紙の内容は次の通り

 

 

まず北斗晶さんと西脇充子さんとは

32年の付き合いがあるのに手紙を

書くのは初めてと告げます

 

 

そこから二人が17歳のころに出会い、

今までお互い楽しいことや辛いことが

たくさんあった、夢を描いて頑張っていた

日々を回想していきます

 

 

「全日本女子プロレスで切磋琢磨したから、

どんなことがあってもまた立治って進める」

とここまでお互いの話や過去の話をして、

 

 

次にプロレスから相撲部屋の女将という次の夢に

むかって頑張る西脇充子さんの話に徐々に移りました

 

 

新たな夢を描いた矢先に病気になり

入院生活

 

 

西脇充子さんを見て辛くて声をかけることもできず

同期と泣いていたと告白

 

 

具体的なエピソードとして

・同期の結婚式で西脇充子さんが

「将来子供が産めないかもしれない」

・「結婚したいけど子供ができないかもしれない」

と悩んでいたことを手紙の中で触れました

 

 

そのため魁皇関との結婚の知らせを聞いた

北斗晶さんは心から嬉しかったという旨を書いていました

 

 

その後も数多くの苦難があって

そのエピソードを聞くたびに泣いていたことも手紙で告白

 

 

それから次に

「たぶんみっちゃんと呼ぶのはこの手紙が最後でしょう」

と添え、

 

 

北斗晶さんは西脇充子さんが

おかみになってからニックネームの

「みっちゃん」と呼ばなくなったことを告白し、

その理由について手紙で語りました

 

 

北斗晶さんはさまざな苦悩を乗り越え

浅香山部屋のおかみになった西脇充子さんを

「おかみ」と呼ぶのが最大の敬意だと思ったんだそうです

 

 

そして最後に浅香山部屋のおかみが

「日本一のおかみ」と呼ばれる日が

いつか絶対にくるという旨を伝え終わります

 

 

北斗晶さん同期と結構仲が良いようです

 

 

仲でも西脇充子さんはプロレスラーから

タレントとなったので特に仲が良かったと

思われます

 

 

そんな彼女だからこそ西脇充子さんの

頑張っている姿を見て素直に応援したい、

 

 

「おかみ」と呼ぶのが最大の敬意という言葉に

そんな気持ちが込められているような気がします

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